栄光なき起業家たち#1 展示会の三日前に契約解除。ペットの幸せを夢見た起業家は、何に躓いたのか?
中目黒のカフェで、彼女は愛犬のじゅんくん(1歳半)と共にインタビューを受けてくれました。明るく、ハキハキと喋り、事業を清算したという悲壮感は全くありません。
「切り替えるのが得意なんです」
彼女はそう言います。
ソウル出身。高校までを韓国で過ごし、早稲田大学政治経済学に進学。その後、外資系コンサルティングファームに就職し、起業。
トリリンガルで、容姿端麗。ロースクールに通い弁護士を目指す。はたから見れば、すべてを手に入れたパーフェクト・ウーマンです。
一見、成功を約束されていたように見えた彼女は一体、何を目指し、なぜ挫折したのでしょうか?
ー もともと、なぜ起業しようと思ったんですか?
私、小さい頃からビル・ゲイツになりたかったんです(笑)
ー というと……
もともとは外資系コンサルティングファームにいて、死ぬほど働いてました。それはそれですごくやりがいがあったんですが、体調を崩したときに、ずっとコンサルでやっていくかどうか考えたんです。
生まれた以上、名前世界の中に残したいなと思って、それはサラリーマンでは無理だなと思って。
ー この事業にたどり着くまでは、どういう経緯があったんでしょうか?
いろいろな事業をトライ・アンド・エラーしていました。ただ、どれもしっくり来なくて
。自分事じゃないと、なかなかゴーサインが出なかったんです。
ちょうどその時じゅん(愛犬)を迎えたんですが、その時にいろいろ勉強して、愛玩動物飼養管理士の資格を二級を取ったんです。
ー すごいですね(笑)
でしょ(笑)
ペットを飼っている人も増えているけど、知識がないだけでも、ペットにとって良くないことをしてしまうんです。そういう事実に気が付きました。
それで、ペット向けのサービス、ということで事業の方向性が固まったんです。
ー 株式会社MORESQUは、何を目的とした会社だったのでしょうか?
ペット向けのIOT、スマート体重計を企画・開発していました。
ー スマート体重計?
犬を飼ったことがある方なら分かると思うんですが、ワンちゃんはなかなか体重計に乗ってくれないんです。
大型犬にもなると、そもそも抱っこして乗せるのが大変で。私、大型犬を体重計に乗せたとき、一度ヘルニアになったことがあるくらいです(笑)
トイレをしながら、無理なく体重を図ってくれるデバイスというのが、このスマート体重計のコンセプトでした。
MORESQUは韓国の企業と一緒に作った合弁会社なのですが、この製品の企画・開発を行って、量産化を目指していました。
ー 外国人として起業したわけですが、苦労したことは?
もともと就労ビザは持っていたんですが、日本で会社を作るときは、経営管理ビザに切り替えなくてはいけないんですね。その条件がものすごく厳しいんです。一割くらいしか取れなくて。
ー キツいですね。
そうです。大変なんです(笑)。
彼らは、日本でこのデバイスがヒットすれば、韓国でも販売できると考えていたようです。なので、まず日本でやろうと。
それなら一緒にやろうということで、彼らと合弁会社を作ることにしました。
ー 林さんが、日本での販売を担当するという感じですか?
いえ、企画も一緒にやっていました。エンジニアは向こうにいたんですが、企画までかなり一緒になって、プロトタイプを作るところまではこぎつけたんです。
ー それなのに、なぜ事業を精算することになったんでしょうか?
クラウドファンディングも行って、初期の開発に必要な目標金額は達成していました。それを元に、モックアップは作って、インターペットという、日本では最も大きいペットの展示会に出せるところまではこぎつけたんです。
ところが、展示会に出す三日前に契約を解除すると一方的に通達してきたんです。
ー 一方的に?
そうです。そもそも、展示会でメディアやサプライヤーに見つけてもらい、その結果次第で、量産するか決めよう、という取り決めになっていたんですね。
それなのに、なぜかその三日前に、契約を解除したい、量産がコスト的に難しい、と言われて。その日はずっと号泣していました(笑)
ー 展示会はどうなったんでしょうか?
主催の方に相談したんですが、向こうもとにかく穴が空くことだけはやめてほしい、ということだったので、空いたスペースで撮影会を行うことにしました。
知り合いのカメラマンさんに片っ端から連絡をして、予定が付く人を探して、ペットと一緒に写真を取れるようなスペースを整えて。
契約解除から三日しか時間がなかったので、搬入の日に一人でビッグサイトに行ったら、周りはデコレーションだけでものすごいお金をかけているんです。
その横で、契約解除した会社の看板を泣きながら剥がして。風船もデコレーションもないので、家の壁に貼ってた愛犬の写真を貼って(笑)
ー 撮影会は盛り上がったんでしょうか?
ただ写真を撮るだけでは誰も来ないことはわかっていたので、いろいろ工夫をしました。例えば、従来はメールアドレスを聞いて、後からデータを購入するか選んでもらう形式でした。
でも、それではなかなかその場の雰囲気で売れません。
そこで、その場ですぐに、撮った写真から選んで、後から加工したデータでお送りするようにしたところ、やはり皆さん我が子が可愛いのか、何枚も買ってくれる方も多くいらっしゃって(笑)
それから、知り合いの雑誌編集の方にお電話をして、グランプリを取った子を雑誌で載せるようなタイアップが出来ないか?と伺ったところ、「いいよ」と快諾してもらって。
結果的には、大盛況になって、水も飲む暇もないほどでした。
ー 契約上は問題なかったのでしょうか?
東京都のスタートアップハブ、という制度で、弁護士さんに契約書は見ていただいていました。そもそも、自分一人でやらざるを得なかったので、契約周りはきちんとチェックしたんです。
そのおかげで、私に対しては、金銭的にあまり負担はなかったんです。展示会の出展費用も、写真展で回収することが出来ました。
契約周りを人任せにせずきちんと確認しておいて、本当に良かったと思っています。
それでも、しばらくの間、精神的なショックは大きかったです。クラウドファンディングもお返ししなければいけなかったし。
ただ、事後処理をする中でも、応援してくれる人がいたり、たくさん注文していただいていているのに「俺の分お金は返さなくていい」と言ってくれるお客様がいたり、いろんな形で暖かい言葉をかけていただきました。
どの世界でも、どんな仕事をしていても、人は大事なんだな、と。
ー モックアップまで作ったので別の会社と製品化する、という考えはなかったんでしょうか?
「一緒にやりませんか」というお話はいただきました。ただ、気持ち的に、一度この会社が駄目だったから、別の会社とパートナーになって、とはならなかったんです。
もちろん、一方的に通達されたから、怒りはありましたけど、簡単に他の会社と組んで、という気持ちにならなくて。
ー 「今から考えれば、こうしておけばよかった」と思うことはありますか?
いっぱいあります(笑)
私は、行動から先に入ってしまうタイプなので、パートナーを組む会社のことを、もっと知っておけばよかったな、と。
それから、ビジネスプランもいろいろ変わるものなのですが、もっと練っておくべきだったな、とも思っています。
ー 一番大きかった学びは何でしょうか?
起業って、お金がかかるんだな、ということですね(笑)ナントカ税とか、よくわからない税金もたくさんあるし、どんどんお金が出ていって。お金は大事です。
それから、向き不向きがはっきりしている世界だと思いました。サラリーマンと違って、とことん尖っている人もたくさんいますし。
ー それはよくわかります。起業してよかったことはありますか。
起業する前は、経営コンサルタントとして働いてきましたが、実際に起業してみると、事業のことは何もわかっていなかったんだな、とわかりました。
それから、やはり持続するということはすごいんだな、と。何年もやられている中小企業の方に対しても、実感を持って尊敬の念を持つようになりました。
いろいろあったけど、すごくいい経験だったと思います。
ー 今までの自分の人生で、これは起業に役に立った、ということはありますか?
今も司法試験の勉強をしながら、週の半分くらいはコンサルの仕事をしているんですが、起業しているときも、コンサルティングファームからいろいろと業務提携のお話は頂いていました。それはありがたかったです。
自信がなくなることも多かったのですが、一人でもなんとかなる、ということに力づけられました。
ー 手に職があって良かった、ということですね。
そうですね。
ー それから、なんで事業を清算してから、弁護士の道に?
起業してわかったんですが、私は経営者と言うより「専門家」や「プロフェッショナル」というものに憧れるんだな、とわかったんです。
契約周りで苦労する中で、ビジネスの知識があったり、外国語が喋れる弁護士にはきっと価値があるんだろうな、とも思って。
それで、弁護士になろうと思って、翌週に願書の締切だったので、急いで提出したら合格しました(笑)。
ー 最後に、後輩の起業家にメッセージをお願いします。
行動と考えることのバランスが大事だと思います。私は行動が先になってしまうタイプですが、考えすぎて失敗する人もたくさん見てきました。
もし自分が行動するタイプなら、一歩下がって考えられる人をパートナーにしたり、そういう人を含めたチームを作る、というのが大事なのではないでしょうか。
起業家の教え #1
- 何が起こるかわからない。契約はしっかり確認しておこう
- 自分の弱みを補えるパートナーを見つけよう
- 起業にはお金がかかる!手に職をつけておこう